高齢者の方々のことばプロジェクト〜配食サービスの仕事[合同会社ARTWINGLABEL]
合同会社ARTWINGLABELのメンバーは、「雅音人」というユニットで活動されているミュージシャンです。様々な人のつながりや偶然から、現在は松本市を拠点に、音楽の表現活動と高齢者の方々への食事提供という珍しい取合せの事業を行っています。
令和5年度の助成事業の募集に際して、「ひとり暮らしの高齢者の方々に文化を表現したり、鑑賞して楽しんだりする場を提供したい」という思いで、辻喬之さんがオンライン相談会に参加してくださったことがきっかけとなり「高齢者の方々のことばプロジェクト」が始まりました。
今年度は、配食サービスを利用されている高齢者の方々を中心に、俳句・短歌や短い文章、詩などを募り、ZINE(小冊子)を編集し出版する活動と、そうして集まった高齢者の方々の言葉を生かしながら楽曲を制作し発表する活動を行います。
10月のある日、ARTWINGLABELさんの日常業務である、高齢者の方々への配食に同行させていただきました。
朝8:30に松本市街、イオンモール松本のすぐ近くにある「ライフデリ松本店」に到着。すでに126食、昼ごはんの盛り付けがほぼ終わっている状態でした。スタッフの皆さんは朝6時過ぎから作業をされているそうです。
この日は土曜日ということもあって平日より数は少ないとのこと。これらを3つの施設に納品するとともに、2つのルート配達で配ります。
軽自動車に、配達する16軒分の食事と出来上がったばかりのZINE「えんがわ」0号(創刊準備号)を積み込み、辻さんと出発。
高齢者配食は一般のお弁当販売やケータリングとは異なり、高齢者の方々の既往症や好み、様々な状況に対応して、ごはんの量や柔らかさ、おかずに入れる食材なども調整されます。ふつうお弁当というと揚げ物や脂っこいおかずの種類が増えますが、高齢者の方々の日常の食生活を担っている配食なので、体に負担が来ないメニューでの提供になります。
今回同行させていただいたルートは、
深志(まつもと市民芸術館の裏辺りの市街エリア)〜出川(旧街道沿いエリア)〜並柳(50年ほど前からマンションが多く建てられた所謂「ニュータウン」)〜寿(戸建ての団地のエリア)〜島立(田畑が広がる郊外)〜中央(信毎メディアガーデンの裏辺りの市街エリア)
と、比較的広いエリアでした。
松本市に平成になってから合併した旧波田町のエリアに配達するルートもあるそうです。
16軒、人の暮らしは様々だということを深く実感する配達作業でした。
松本の市街地は道が狭く一方通行の場所や、車が入れない細い道の先もありますので、配達にうかがう直前に電話で連絡をいれるお宅もありました。数十年前に建てられたマンションは5階建てでもエレベーターが設置されておらず、その上層階に配達先がありました。戸建ての家への配達では、玄関扉の前に保冷箱が置かれていて入れるだけのお宅もあれば、庭のサッシまさに縁側から直接居間にいる方に手渡したり、リビングまで上がって手渡しすることになっているお宅もありました。
配食の利用のきっかけは、さまざまだそうですが、高齢者の方のお子さん家族が市外や県外に住んでいて一人暮らしの親御さんの食事を依頼されるケース、ケアマネジャーさんを通じて注文が入るケースもあるそうです。また今回配達した中には、グループホームで暮らす障がい者の方にお届けした例もありました。
辻さんの思いが綴られた「えんがわ」0号の編集後記をご覧ください。
コロナでも雨でも雪でも年中無休、配食サービスは水道や電気と同じレベルの高齢者のライフライン、と辻さんは言います。そして、利用者の方々のプライバシー保護をしなければならないために、コロナ禍で孤立の深まるなかにあっても、なかなか横のつながりが生まれにくい、と。
この距離感で、地域で日々を過ごしているひとり暮らしの高齢者の方と関わる中から、今回の「高齢者の方々のことばプロジェクト」は始まっています。週に1,2回デイサービスで外に出かけられるかどうか、その機会もない、という高齢者の方々にも、表現したり鑑賞したりする楽しさを日常で味わって欲しい。日々「同じ釜の飯を食べている」配食サービスのつながりを通して、実際に会えることはないかもしれないけれど、「見てほしい」「知ってもらいたい」という思いをもった高齢者の方が発表をする、その橋渡しをしていきます。
今回の配達の中でも、何人かのお宅で、じっさいに「えんがわ」0号を手渡し興味深そうに読んでくださる顔を見ました。
3時間にわたって昼ごはんの配達が終わり、松本の街なかの様子や、早足に行き交うひとたちを見ると、配達に立ち会わせていただく前とは少し世の中が(少し大げさにいえば世界が)変わって見えた気がしました。
歩くことも大変、という、あの高齢の方々も、今この時間にこの街に暮らしている。そこに毎日ごはんを届ける人たちが居て、その暮らしを見守っている。高齢化社会がますます進むこれからの未来に、時代に適応した新しい形で文化芸術活動に取り組みながら、これからどうしていくのがいいのか、皆さんと一緒に考えていけたらと思います。
(文:野村政之)