【レポート】信州アーツカウンシル×信州大学人文学部 連携フォーラム 2023 『気候変動時代、未来を創造するアート・アクション 〜循環型で文化的な暮らしの創造に向けて〜』

信州アーツカウンシル×信州大学人文学部 連携フォーラム 2023 『気候変動時代、未来を創造するアート・アクション 〜循環型で文化的な暮らしの創造に向けて〜』が、3月1日に松本市の信毎メディアガーデンで開催されました。

来年度(令和5年度)以降、信州アーツカウンシルが優先的に取り組んでいく課題のひとつである、気候変動や脱炭素とアートの関わりについて認識を深め、次のアクションにつなげていく機会にできればと、信州大学人文学部と連携し、企画したものです。

司会は、信州アーツカウンシルのゼネラルコーディネーター・野村政之が務め、信州アーツカウンシル長・津村卓のあいさつで始まりました。

信州アーツカウンシル長・津村卓

「人々の暮らしの中にいつも自然がある信州において、気候変動は私たちの日常生活の営みや文化にも強い影響を与えるものです。この大きな課題に向けて、科学的研究に基づいた長野県の実情を知ること、そして、アートと気候危機に関わる世界各地の実践を学ぶことをとおして、芸術文化から現代社会の課題解決のいとぐちを探っていきたいと思います」(津村)

プログラムは、

①専門家2人からの講演
②会場参加者のグループディスカッション
③トークセッション

の3部構成で行い、YouTubeで同時配信されました。

会場には30名の方がお越しくださり、オンライン配信でも多くの方が視聴くださいました。ありがとうございました!

それでは会場の様子をレポートします。

1. 「長野県における気候変動とその影響」

浜田 崇さん
(長野県環境保全研究所 自然環境部 主任研究員)

浜田 崇さん

長野県環境保全研究所 飯綱庁舎で、気候変動に関する調査研究に取り組んでいる浜田さんには、科学的知見からの講演をお願いしました。温暖化のメカニズム等のお話ののち、各種データの紹介へ。みなさんもご存知のとおり、西暦0年から2020年のCO2濃度の変化を見ると、18世紀前後の産業革命以降、急激に上昇していることがわかりました。また、地球温暖化のグラフ(1850年〜1900年の工業化以前の平均気温からの温度差)を見ると、1970年代以降、上がり幅が急速になっていることもわかりました。

現在、2025年までに温暖化の程度を1.5度に抑えようとの報告書がIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)から出されていますが、すでに1.1度まで上昇しており、残り0.4度に迫っています。

私たちが暮らす長野県は、地域や地形によってさまざまな生態系を有していますが、浜田さんたちは、それぞれの地域でどういった温暖化の影響があるかといった研究を進めているとのこと。県内で気象観測が古くから行われてきた5地点のうちのひとつ、松本市の1890年から2020年にかけての年平均気温の変化を見ると、100年間で2度も上昇していました。「世界の平均気温より2倍のスピードで温暖化が進んでいることがわかります」と浜田さん。

長野県に住んでいる方は、「桜の開花が早くなったな」とか「紅葉のタイミングが遅くなっているな」と感じている方もいるかもしれません。みなさんが大好きなリンゴにもその影響が……。日焼け現象といって、日光が強く当たりすぎてしまったり、温度が高くて着色しないといった色づきの面で、高温の影響が出ているそうです。

私たちの今後の課題は、二酸化炭素をどれだけ削減できるのか、ということ。今までのように化石燃料を使い続けた場合、2100年には4度から5度の温度上昇が予想されるといいます。4度上昇するということは、長野県が九州の佐賀県や長崎県と同じぐらいの温度になるということ。4度上昇することで、県内での大雨の増加、北アルプス槍ヶ岳付近でライチョウの生息環境の減少、イワナの生息地点の7%が消失などといった、大きな影響が起こりうる可能性が提示されました。

貴重な植物や昆虫がいる高山帯は温暖化にとても弱いのですが、気象庁の観測は高山では行われていないとのこと。浜田さんたちは北・中央・南アルプスで雪どけの観測などの調査を続けています。「長野県は広く、気候変動といっても地域によって影響の出方が違うことを覚えておいてもらえれば」と浜田さん。

「私たちが何をやるかによって将来の影響が違ってくる」という浜田さんの言葉は腑に落ちるものであり、長野県の研究者が語っているからこそ、差し迫るものがありました。浜田さんたちの研究データを「自分ごと」とし、自分の意識と取組も一歩先に進めていきたいと思いました。

2. 「気候危機に対するアートの行動」

ロジャー・マクドナルドさん
(インディペンデント・キュレーター/信州アーツカウンシル アドバイザリーボード)

ロジャー・マクドナルドさん

3年ほど前からアートのセクターにおいて、気候危機の働きかけを積極的に行っていたロジャー・マクドナルドさん。冒頭、「このようなイベントができる日が来たのが非常にうれしい」とのあいさつがありました。

「世界中ですばらしい文化芸術表現ができてきたのは、比較的安定した気候が続いたおかげだとも言えるのではないでしょうか」とロジャーさんは続けます。2万年前に終わったとされる氷河期のあと、比較的落ち着いたといえる自然環境があったからこそ、私たちは大いに文化芸術に取り組み、享受することができたのではないかという提言は、ハッとするものでした。

浜田さんのお話にもあったIPCCの報告書が出された2018年、そして、世界18カ国とEU、長野県(都道府県としては全国初)も気候緊急事態宣言を発令した2019年は、メディアや社会での気候危機に関しての言葉遣いが、より危機意識を持った強い表現になったといいます。それとともに、市民生活にも影響が出始めました。

たとえば、心理学の世界では「環境不安(eco-anxiety)」と呼ばれる症例があり、環境に対する過度な不安を感じる若い人たちへの、心のケアが必要と言われているそうです。しかし、こういった人たちに対して、「文化芸術がこれから特に関われるのではないか、人々にとってアートはどういうインスピレーションになれるのか」とロジャーさんは語りかけました。

ロジャーさんが暮らす佐久市望月でのアート・アクションの紹介。「MOACA(Mochizuki AreKore Climate Action)のパブリックディスカッション(スライド左)と「Earth Skills Retreat」(スライド右) 。ロジャーさんの私設美術館フェンバーガーハウス(https://www.fenbergerhouse.com)では作品展やワークショップも行っている

アートのセクターでは、イギリスが先駆者となり、さまざまな取組を行なっています。そのひとつとして紹介されたテート美術館では、梱包用の木箱をサステナブルな木材に切り替えるほか、敷地にミツバチの巣箱を設置してハチミツを作るといった、ワクワクするアイデアのアクションもありました。これは、ロジャーさんが投げかけた「人々にとってアートはどういうインスピレーションになれるのか」という働きかけにつながるものだと思いました。

また、第二次世界大戦という危機の時代における、ロンドンのナショナルギャラリーの事例紹介もありました。空襲中でも市民を受け入れ、ランチタイムコンサートを無料開催するなど、市民の心のケアの大事な場所になっていたというのです。これらを実行した団体は、アーツカウンシル・グレート・ブリテン(ACGB、1946年設立)になりました。危機的な時代において、市民のみなさんにいかにケアの機会をつくっていけるのかが、アーツカウンシルの原点だったのです。

ロジャーさんは、佐久市望月の「平和と手仕事 多津衛民芸館」の展示にも、気候危機との接点をつくるチャレンジを行った

個人的なレベルでお互いに思っていることをシェアしたり、地域に住む人たちのつながりを強くすることが、「レジリエンス(回復力、適応力)」といったソフトスキルになる、そこで文化芸術の役割が大いにあるのではという話もしてくださったロジャーさん。

ソフトスキルとは、人生をしなやかに生きるための力(スキル)のこと。これまでにあった「地球温暖化のためにエコな電化製品をつくる」といったハードな適応に力を注ぐのではなく、「気候危機などによって誰かが心のダメージを受けた時にケアをする」など、ソフトな適応力を身につけよう、といったものです。

ロジャーさんは「美術館、ギャラリー、劇場、アート制作、コミュニティといった、みなさんがそれぞれ関わる場所で、どういった取組ができるのか、話し合うことができたらいいなと思っています」と締めくくりました。

ロジャーさんの講演からは、アーティストやアートに関わる人たちの革新的でユニークな実践に倣い、この気候危機をともに生きよう、というメッセージを受け取りました。

3. 会場参加者によるグループディスカッション

続いて、会場参加者が4つのグループに分かれ、ディスカッションを行いました。テーマは、自身の活動や気候危機への取組について。最後に各グループのファシリテーターから内容の紹介がありましたので、一部掲載します。

Aグループ:まず、アーツカウンシルで環境のことを扱うのが新鮮だったという話がありました。また、まつもとフィルムコモンズの地域映画『まつもと日和』では、美鈴湖や松本城のお堀でスケートができた様子が映っていた。昔はできたけれど今は(氷が張らないから)できない、そういうことも映画をとおして知ることができるよね、という話が出ました。古民家で作品展をすることで、コミュニティの再生につながるような取り組みをしている方、「ゼロカーボン演劇」に取り組んで環境負荷をかけない上演方法を実践している参加者もいました。

Bグループ:ダンサーの方は、舞台で演じる際の照明や自分の体温といったエネルギーがもったいない、何かできないのか考えたいと話してくれました。また、とにかくひたすら歩くという学生さんは、歩くことで日常の風景を再発見するような活動もしていました。

Cグループ:アートと環境がそんなになめらかに繋がるのかという問いがあり、アートが萎縮していくことにならないか、といった意見がありました。その一方で、そもそも私たちは、社会や世界を多様なかたちで多元的に見ていく必要がある。アートからのまなざし、環境からのまなざし、それぞれが絡み合うような、そういう場を大切にしていけばよいのではないか、といったまとめになりました。

Dグループ:3.11や自分ごとがキーワードとして出てきました。3.11をきっかけにボランティアに参加することができたけれど、気候危機についてはまだ行動できていない、という方もいました。

信州大学人文学部教授の金井直さん(左)と信州アーツカウンシルゼネラルコーディネーターの野村政之

ディスカッションの最後に、信州大学人文学部教授の金井直さんからレスポンスをいただきました。

「先週末まで行われていた『マツモト建築芸術祭』では、空き店舗を活用したり、脱炭素に取り組む姿勢が見られ、持続可能な観点からアートを地域に落としこむという取組が大事だなと思いました。また、3.11をきっかけに、デザイナーやアートに関わる方が長野県に移住してきました。大都市ではないエリアで、豊かな暮らしを楽しむようなことをともに実現し、いかに地域を支えていくか。そういった面でも、文化芸術の密度が重要になってくるのではないかと感じました」

4. トークセッション「Shinshu Arts-Climate Camp 信州の文化芸術と気候会議」

左から、ロジャー・マクドナルドさん、直井恵さん、金井直さん、野村政之

終わりの時間が迫るなか、ロジャーさん、直井恵さん(NPO法人アイダオ/NPO法人上田映劇)、金井さん、野村の4人でトークセッションを行いました。

 

文化芸術の側からどう取り組んでいくか

長野県文化芸術振興計画(案)において、環境分野への取り組みが明記されていますが、令和4年度に行われた長野県文化芸術振興計画(案)策定の有識者会議においては、多様なあり方や持続可能性が繰り返し議論されたことが印象的だったとの話が、野村からありました。その会議に出席していたのがゲストの3人でした。

金井さんは「多様なあり方や持続可能性というキーワードは、具体的な事例を検討する中で出てきたのですが、ちょっと引いてとらえると、環境倫理を考える際の基本だなと思ったんです。つまり、長野県として文化芸術振興の枠の中できっちりやらないといけないことだと思い、振興計画に取り入れていきました」と紹介。

本会にいたった流れとして、野村から「ロジャーさんから小さいスタディを続けるのがいい、という提案がありました。そこで、信州アーツカウンシルの活動に気候危機への取組をどう落とし込んでいくかを考えた時に、ロジャーさんに聞いたイギリスの気候変動へのアクションがきっかけとなり、『Shinshu Arts-Climate Camp 信州の文化芸術と気候会議』の構想につながりました」と紹介しました。

ロジャーさんは「信州アーツカウンシルがやるとしたら、インフラ的なところを構築し、環境コミットメントを書けたら非常に価値があるんじゃないでしょうか。『Shinshu Arts-Climate Camp 信州の文化芸術と気候会議』は、さまざまな団体や個人をつなげることになると思うので、それぞれのスケール感に注意しながらやることが大事になると思います」と提案しました。

 

いろんな人が参加できるような「キャンプ」を

直井恵さん(NPO法人アイダオ/NPO法人上田映劇)

2017年に市民で再稼働した上田映劇の立ち上げメンバーであり、学校に行けない子どもたちに「映画館においでよ」という呼びかけを始めた直井恵さん。NPO法人アイダオNPO法人上田映劇などの活動は、映画館と市民、団体、ケアに関わる方など、さまざまな領域の方たちがつながる機会を生み出してきました。さらに、フィリピンとインドネシアの山岳民族の若者と一緒に、民話を収集して演劇をつくり直すといった、環境活動と海外交流が交わる活動も続けています。活動が多岐にわたることから「草の根文化コーディネーター」という肩書きを自分で編み出しました。

「悲壮感を漂わせるのではなく、楽しくできることもアートの魅力です。上田市では映画館(上田映劇)や劇場(犀の角)を開くことによって、それまで出会えなかった人たち同士が出会う可能性が広がってきています。一方で、経済的に困難な状況を抱えている人は、なかなか環境まで意識することができないし、そういう人が、よりその渦中にいってしまうジレンマも感じます。支援と人との関わり方の課題に継続的に取り組んでいくことが、次のアクションにもつながるのではないかと思っています」(直井さん)。

最後に、金井さんと浜田さんから一言ずつ感想をいただきました。

金井直さん

「こういう機会を得てスタートできることが大切。環境は日本文化のなかでは、やや理系寄りなイメージがありますが、だからこそ文化芸術という観点から(環境に)関わっていくというか、そういったところに向き合うのがとても重要ではないかと思っています。なぜ信州大学の人文学部なのか、というところにも同様の意味があると思いながら、今日この場に参加させていただきました」(金井さん)

浜田 崇さん

「今日は、全然違う分野の中に入れてもらい、自分にとって次へのステップが見えたらいいなと思って参加しました。私は気候危機のど真ん中で仕事をしていますが、常々思うのは、それだけをやればいいのではない、ということです。何か別のことをしているけれど、その結果が気候にも関わっているというのがいいのではと。私の職場は標高1,000mの長野市飯綱高原にあり、車ですと自宅から30分なのですが、バスで通勤しています。家からバス停まで30分、毎日5kmほど歩いています。健康診断で褒められるので、自分の健康のためにやっていますが、自動車からのCO2削減にもなっています。ちょっとした行動が、結果(地域に)いいことに結びつくのではないかと思っています」(浜田さん)

 

文化芸術が支え合いとキャッチボールの起点に

各地に伝わる伝承は災害の歴史をもとにつくられていることもあり、環境と文化芸術は、もともとつながっているともいえます。野村は「『Shinshu Arts-Climate Camp 信州の文化芸術と気候会議』では、信州アーツカウンシルが構築するインフラを背骨として、即興的に多様な立場の方が参加できるようにしたり、各地域でお互いを後押しし合うような関係をつくりたい。そこで文化芸術が媒介になっていけるのでは、という希望的なイメージを持っています」と参加者に呼びかけました。

『Shinshu Arts-Climate Camp 信州の文化芸術と気候会議』は、信州アーツカウンシルの令和5年度の事業としてスタートします。公開Facebookグループも準備中です。将来的に情報共有をしていけたらと思いますので、ぜひご参加ください。

このアクションが、気候変動時代の未来を創造する取組へとつながっていくことを願っています。

文:水橋絵美

レポート