
【レポート】フィールドワーク@上田 コーディネーター研修プログラム2026 ①
ままならないこの世界で、あの人はなぜ、生きられなかったのか。わたしはなぜ、生きているのか。
その日は、そんな問いと向き合った1日でした。
2026年8月29日、季節はずれの涼しい風が吹く、長野県上田市。商店街の一角にある複合文化施設「犀の角」の前で、信州アーツカウンシルが主催するコーディネーター研修プログラムの受講生が、はじめて顔を合わせていました。
本日の予定は、午前中にアトリエ見学、午後からは演劇鑑賞。ぽつぽつと雨が降るなか、傘を片手に上田のまちを歩きはじめます。
リベルテのアトリエ見学
はじめに向かった先は、カフェのような外観の施設。中に入ると、NPO法人リベルテ(以下、「リベルテ」)代表の武捨和貴さんが、笑顔で迎えてくださいました。
リベルテは、障害福祉とアートを掛け合わせ、障害のある方がアート活動を行うアトリエを市内4拠点で展開しています。また、ワークショップやまち歩きなどを通じて、福祉施設と地域の境界線を曖昧にするアートプロジェクトにも取り組んでいます。
最初に訪れた場所は、アトリエ「屯 -ton-」。ここは就労継続支援B型事業所の位置づけで、主に施設を利用する人の給食などを作っています。
太陽のようなオレンジの横断幕に、壁一面に並べられたカラフルな雑貨。スペインやメキシコを彷彿とさせる明るく陽気な空間は、そこにいるだけでふっと心が上を向くよう。ここでは、他のアトリエで作られた手作りのハンカチや鍋つかみなどを販売しています。
ここから武捨さんにご案内いただき、まちに点在している他のアトリエも巡っていきます。
次に訪れたのは、古民家らしい素朴なあたたかさを感じるアトリエ。壁の貼り紙が目を引きました。リベルテは「貼り紙文化」だそうで、連絡事項やちょっとした情報交換、力強い決意表明まで、ペタペタ貼られた紙たちが空間ににぎやかな表情を生みだしています。
別のアトリエには、季節を感じられるお庭が。この庭は「場所のホスピタリティ」を大切に、利用者だけでなく地域の人にも立ち寄ってもらえる公園のような場所をめざしてつくられたといいます。
通っている利用者さんの雰囲気も、アトリエごとに少しずつ異なります。スタッフさんが「いま何をしているの?」と尋ねると、淡々と、あるいは少し照れながら、わたしたちに教えてくれました。タブレットに絵を描いている、包装紙に絵の具で色をつけている、物語を書いているなど。「これでコーヒーを焙煎するんですよ」と実演してくださる場面も。
場所が違えば、そこに集まる人や雰囲気もさまざま。ですが、どの空間にも共通していたのは、スタッフさんと利用者さんのあいだに流れる、おだやかでやさしい空気。何気ないやりとりのなかに、じんわりとしたぬくもりが満ちていました。
武捨さんは「いろいろな人がいられる、余白がたくさんある世の中であってほしい」と思い、リベルテの事業をはじめたといいます。
リベルテ、フランス語で「自由」。その名のとおり、日々の活動のなかでは「何気ない自由」を大切にされています。新しいことに取り組むとき、これをめざそうとはっきりゴールを決めない。スタッフや利用者それぞれのやりたいこと、できることを尊重する。
それはまるで、あなたはあなたのままここにいていいんだよ、とやさしく語りかけられているかのよう。立場、年齢、性別、障害の有無に関係なく、ただひとりの人間として、まるごと受け入れる。アトリエを満たすあたたかさのなかには、「何気ない自由」がたしかに息づいていました。
ランチタイム
こうして、2時間ほどのアトリエ見学が終了。まちを歩き回り、お腹がぺこぺこに。時刻は12時すぎ、つぎの集合は13時。いったん解散し、各自つかのまのランチタイムを楽しみます。
わたしはほかの受講生さん、コーディネーターさんと3人でベトナム料理店へ。季節のおすすめの焼肉バインミーをほおばり、長い午後にそなえてスタミナをチャージ。
ランチを食べながら話題にあがったのは、信州アーツカウンシルの「コーディネーター」という仕事について。数値で測ることのできない、答えのない課題に向き合うことの難しさや奥深さについて語りました。
『ともだちが来た』鑑賞
おのおの食事を終え、午後からはふたたび「犀の角」に集合。戯曲『ともだちが来た』を鑑賞します。
『ともだちが来た』(脚本:鈴江俊郎)は、1994年に京都で初演された戯曲です。蒸し暑い夏の日、大学1年生の夏休みを過ごす「私」のもとに、亡くなったはずの高校時代の「友」が自転車に乗ってやってくる、というストーリーの二人芝居です。
今回の公演は、犀の角・やどかりハウス・hanpoの3団体が共同で企画・制作したものです。やどかりハウスは、NPO法人場作りネットと犀の角が運営する、悩みや困難を抱える人が心身を休めるための宿です。hanpoは、当事者の視点から「生きづらさ」をテーマにしたフリーペーパーとウェブメディアを運営しています。
わたしたちは、14時からの「やどかり版」と、17時からの「hanpo版」の両公演を鑑賞しました。「やどかり版」にはやどかりハウスを利用する女性2人が、「hanpo版」にはhanpoのメンバーである男性2人がそれぞれ出演しています。
まずは、14時からの「やどかり版」を鑑賞。
場内は満席で、ガヤガヤとした熱気が立ちこめています。ふっと照明が落とされると、会場は一転、静かな緊張感に包まれました。
舞台上には、夏休みを思わせるうちわや自転車、麦茶の入ったグラス。「私」と「友」との、どこか噛みあわない会話。絶えずほんのりと漂う、生と死の気配。それらが重なりあい、ままならない人生や人との関係のもどかしさ、孤独、そして愛おしさを浮き彫りにしていきます。
終演後、出演したふたりがお辞儀をすると、客席から大きな拍手が贈られました。なかには、涙を流しながら手を叩く人の姿も。それぞれがこの舞台に自分の人生を重ね、思いを巡らせているようでした。
17時からの公演まで、2時間ほど。開演を待つあいだ、「犀の角」代表であり、この公演の全体統括を務める荒井洋文さんから、今回の取り組みの背景や目的についてお話を伺いました。
共同企画を手がけた犀の角、やどかりハウス、hanpoは、それぞれに生きづらさや困難を抱える人たちと向き合ってきたものの、「支援する/される」という関係が固定化されていることが課題だったといいます。「関係性を変化させ、新しい表現やつながりを生みだせないか?」という問いから、この戯曲をともに創りあげる試みがはじまったといいます。
また、出演者のふたりについてのお話も。荒井さんは、彼女たちがやどかりハウスを利用しはじめた10代の頃から、そっと様子を見守ってきたといいます。「それぞれ葛藤を抱えながら、どうにか今日までたどり着いた」と語る荒井さんの表情からは、ここに至るまでの道のりの険しさと、舞台に立ったふたりへの愛情が垣間見えるようでした。
荒井さんのお話に耳を傾け、受講生からも次々と質問を投げかけるうちに、あっというまに1時間半が経過。17時からは「hanpo版」の公演がスタートしました。
出演するのは、hanpoのメンバーである男性2人。先ほどの「やどかり版」は女性2人だったため、空気感ががらりと変化します。物語を知ったうえでもう一度見るからこその発見もありました。仕草や表情、視線の交わし方から、「私」と「友」それぞれの気持ちやお互いに対する感情などが、先ほどとは少し違った質感をもって浮かびあがってくるようでした。
上演が終わったあとは、出演者やアドバイザーなどによるアフタートークが行われました。
さまざまに「生きづらさ」を抱える当事者たちが創りあげたこの舞台。出演を決めるまでや稽古中の葛藤、演劇を通して自分の内面と向き合うことの意味など、率直で体温ののった言葉が語られました。
あなたも、わたしも、ままならない。けれども、ままならないまま、今日ここに集うことができた。終演後の会場に満ちるあたたかさは、その事実を静かに祝福しているかのようでした。
1日を終えて
ままならない世界のなかで、どうしてわたしたちは、生きていられるのだろうか。
劇中の「友」は、自分が何を確かめたくていのちを落としたのかわからない。「私」は、頭にあぶくのような水音が響く理由がわからない。
それぞれの悲しみや苦しみを背負って、わたしたちは生きています。思うようにならない身体、暮らし、過去、人との関係。生きるうえで逃れることのできないそれらすべてを、そっくりそのまま他者と分かちあうことはできない。
それでも、生きていると、ふいに心のひとひらが重なる瞬間があります。「ままならないあなた」のまま、「生きづらいわたし」のまま。同じ食卓を囲むときに、 同じ劇場の空気に身をゆだねるときに。
そういえば「自分の言葉が、だれかの一瞬をつなぐものであってほしい」と願って、わたしは文字を書く仕事をはじめたのだったな、と思い出しました。
人生を変える言葉とか、一生の記憶に残る言葉じゃない。「もう生きていけない」と思った夜、ひとすじの光を求めてすがるようにスマートフォンを握るだれかに、たまたま届いたわたしの言葉で「とりあえず今日は寝ようかな」と思ってもらえたら。
そんな夜が、わたしにもあったから。これからも、きっとある。そのときはまた、だれかがわたしの一夜をつないでくれるかもしれない。
限りあるいのちの灯火を宿して、ままならない世界を生きるわたしたち。そのなかで、灯りを移しあうように、ほんの少し心が重なる瞬間がある。その一瞬に、わたしたちは生かされるのかもしれないと思いました。
レポート:小島 千明(受講者/インタビューライター)
コーディネーター研修プログラム2026 フィールドワーク①
「助成事業視察@犀の角『ともだちが来た』」
日時:2026年8月29日(土)13:00-20:00
場所:犀の角





















