「人間ならざるものとの『共異体』〜アート×気候危機、次なるビジョンに向けて〜 」Shinshu Arts- Climate Camp/大昔カフェ/inadani sees 合同フォーラム

令和8年10月24日(土)
茅野市民館にて開催されました。

始めに石倉敏明さんの基調講演では、「共異体」の人類学、(異なるものが、同化されず、吸収されず、均質化されないまま異質性・多層性を保って集まる)考え方を軸にお話を頂きました。
ご自身のインド、ネパールなどでの研究を参照し、諏訪の信仰には、山・川・湖・地下水脈が龍や蛇のネットワークとして重なっていて、ヨーロッパ的な「美と調和」とは違う、昼夜・生死・美醜を包み込む美学がある点なども紹介されました。
田中基さんに学び、縄文土器の渦巻く文様を「縄文のメデューサ」と捉える見方など。
また、ローテックなインドの「生きた根の橋」(ゴムの木を数十年かけて誘導して作る橋)で、水を逃がす構造のため100年以上もつという事例も印象的でした。
石倉敏明さんの基調講演 「共異体」の人類学
ロジャー・マクドナルドさんの視点では、相対して、セパレーション(分離)」 していく社会でした。20世紀美術を代表に、生活や土地から切り離された特殊な産業になってしまったという指摘がありました。
「ホワイトキューブ」と徹底された空調管理など。グローバル化、資本化が加速させた構造。分離への疑問を持った作家たちとして、松澤宥、ロバート・スミッソン、キース・アーナット、など自分と宇宙・地球をもう一度つなぎ直そうとした試みを紹介されました。

奥田悠史さんの視点では、森や農に関わる仕事から「地域の風土と生きるとは何か」考えている事をお話されました。風土は、人が土地に関わり、汗をかき、意味を見出す中でしか生まれない事、「藝」は植える、「芸」は刈り取る意味があり両方必要な話。また、土地に根を下ろすとは、ずっと住み続けることではなく、土地や自然の呼びかけに意識的に応答する態度のことだとおっしゃった事が印象的でした。
また里山の管理では、欧州的な「保全林と生産林のきっぱりした区分」に対し、日本の里山は保全と利用のグラデーションがあることが重要と話されました。
  • ロジャー・マクドナルドさん
  • 奥田悠史さん
全体ディスカッションでは金井直さんの感想として、イタリアの徹底した地域主義が食の多様性や地産地消の発想を支えてきたことに触れました。
1960年代後半の美術の流れは動きは、自然と創作物を分けない発想を早くから持っていたと評価していますが、地球環境の状況は当時よりはるかに悪化しているので、同じことを繰り返さないよう、なぜブレーキが踏まれたかを美術史として整理する必要があるとお話されました。
金井直さんを交えてディスカッション
会場はほぼ満員となり沢山の方にご来場頂きました。
諏訪地域からも多数おこしになられていて、スワニミズム・大昔調査会の方からも御柱の特異性など大変面白いお話に発展しました。
石倉さんは御柱を持たない地域の人も、どう魂に柱を建てるかが課題だと述べました。

当日会場にいらして下さった方々、登壇者の皆様、本当にありがとうございました。また動画アーカイブも公開したく思っております。
(文・小澤貴弘)
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